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50件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

1965-03-27 第48回国会 衆議院 外務委員会 第10号

たとえば、いわゆる国防ライン平和ラインの考えを、一九五〇年九月二十六日の韓国わが国に対する抗議書、あるいは一九五三年二月二十一日の大邦丸事件に関する声明、あるいは一九五三年二月二十四日韓国内務長官の談話、あるいは一九五四年四月十四日わが国外務省あて韓国代表部口上書、全部これは平和ラインとしての性格を明確に出しております。知らないということはどういうことでしょう。

楢崎弥之助

1958-07-11 第29回国会 衆議院 外務委員会 第8号

しかも例の大邦丸事件が起りまして、漁撈長が射殺された事件を巻き起しておるのでございます。また、鳩山総理大臣就任早々外交方針を明らかにされまして、ソ連圏とも友好関係を結びたいとの発言がありまするや、数日にして拿捕抑留が盛んとなるのであります。はなはだ遺憾でありまするが、事実はさようでございます。

田中道知

1955-12-12 第23回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号

また先ほどの御質問にもどりまして、補足して申し上げますが、二十六人の人間がやられた、こう言っていますが、一九五三年の二月四日には、御承知の通り第一大邦丸という船が向うの砲に当りまして、頭蓋骨に命中して即死いたしております。これが最初の事件でございます。

田中道知

1955-07-22 第22回国会 参議院 予算委員会 第42号

漁船拿捕抑留の数はおびただしいものに上っておりますが、中には二十八年二月に、第一、第二大邦丸を襲撃いたしまして漁掛長を射殺する等の暴挙をあえていたしているのであります。さらにまた、日本領土であります竹島武力をもって占拠いたしまして、日本漁船接近あるいは日本巡視船等接近も、これを銃撃あるいは砲撃によってはばむといったような暴挙を続けて参りました。

秋山俊一郎

1954-02-04 第19回国会 衆議院 水産委員会 第8号

赤路委員 次長からは逆に意見をちようだいしたいというようなことを言われたようでありますが、この件に関しましては、十六国会の当時から問題になつておるので、当時第二大邦丸事件が起りましたときも、私どもの方からは強力なる措置をとらなければいけないということを、たしか水産委員会でも申し上げたつもりなのであります。われわれが言う強力なる意見というのは、それは経済的に向うへ大きく打撃を与えなければいけない。

赤路友藏

1953-11-07 第17回国会 参議院 本会議 第6号

併しながら、不法なる李承晩ラインに対しましては飽くまでもこれを容認せず、日本漁船操業を継続しつつあつたのでありますが、韓国政府不法行為はますます募りまして、本年二月四日に至り、日本漁船二隻に対し銃撃を加えてこれを拿捕し、而もその乗組員を射殺したるいわゆる第二大邦丸事件を惹起いたしまして、日本国民の憤激を買つたことは、なお諸君の記憶に新たなところであります。

秋山俊一郎

1953-09-15 第16回国会 衆議院 水産委員会 第27号

白浜委員 外務大臣は、中村委員質問に対して、自分が出て行つて事足りるなればいいじやないか、やろうじやないか、あるいはまた今のところ反響もわからないというふうなことを仰せになつたのでございますが、今日まで数回にわたりまして日韓会談もありますし、なおまた本年初めにあの不祥事件であるところの大邦丸事件以来、漁船李ラインについて問題はつぶさに御承知のことと思うのでございますが、その間における情報なども

白浜仁吉

1953-09-14 第16回国会 衆議院 水産委員会 第26号

どうか国会並びに政府に強くお願いをするのでありますが、二月の大邦丸これは船員がやられて、船はすぐ返してくれましたが、太平丸はいまだに返つて来ない。その時分にはクラークラインがあつたのでありますが、今回のできことは、もうクラークラインというものは一時停止した状態にあるのであります。

徳島岩吉

1953-09-11 第16回国会 参議院 水産委員会 閉会後第2号

松浦清一君 李承晩ラインの公表があつたのは昨年の一月十八日で、大邦丸事件の起つたのが昨年の二月四日、竹島で海上保安庁の巡視船射撃を受けたのが今年の七月十二日と、こう三回も連続して韓国側から非常に屈辱的な攻勢を受けているわけですが、日本が独立をして、アメリカとの間の外交折衝というものは頻りに行われておつて韓国のこの屈辱的な攻勢に対する外交というものが非常に手ぬるに緩慢に行われているという気がするのですが

松浦清一

1953-09-11 第16回国会 参議院 水産委員会 閉会後第2号

大邦丸事件も半年もかかつてどうにもならん。竹島問題も三月もかかつてどうにもならんというような状態に置かれておるようだ。今度のような問題が起つて来たのは、一遍日本に対して強腰でやつてみて、日本態度をじつと見ておつて李承晩ラインで大したことない、大邦丸事件を起しても大したことない、竹島問題を起して見ても大したことない、こういうような、言い換えます。

松浦清一

1953-09-10 第16回国会 参議院 水産委員会 閉会後第1号

大邦丸事件が昨年の七月に起つて、それ以来数回口上書か何か知りませんが、文書による抗議をやつておる。それから今年の七月ですか、今年の七月の十二日に竹島の周辺で、保安庁の船が韓国警備兵様のものから射撃を受けたと、そういう事件が起つている。これに対しても口上書のような書類を向うに送り届けただけで、我々から見ていると積極的に外交交渉が行われたという跡が一つも見えないわけなんです。

松浦清一

1953-09-04 第16回国会 衆議院 外務委員会 第29号

先般第一大邦丸拿捕事件漁撈長射殺事件がありまして、当時政府韓国政府に対して厳重な抗議を申し込まれたと承つておるのでありますが、この事件日本水産界漁業界だけの問題ではなく、国民全部が悲憤の涙をのんでおる事件であるのでありますが、その後政府韓国政府に対する賠償あるいは交渉の経過はいかがでありますか、その結果をお伺いしたい。

岡田勢一

1953-09-04 第16回国会 衆議院 外務委員会 第29号

○岡田(勢)委員 この大邦丸事件だけではありませず、中共方面にも、朝鮮動乱が起つてから今日まで数十隻の漁船拿捕されておりまして、一時は機船底びき網並びにさば漁業等が非常な脅威と不安だけでなく、大きな損害が業者に与えられたのでありますが、その物的損害並びに射殺されました者に対する精神的、物的の慰安措置等政府はどういうふうになさつておられますか。

岡田勢一

1953-07-18 第16回国会 衆議院 外務委員会 第16号

しかしながら大邦丸事件の際にも、私は、ただ単に口先や手続だけで解決しようと思つても、相手相手だからとうていだめであると申しておきましたが、竹島問題のごときはなおさら私は見込みがないと思う。見込みがなくて、このままうやむやに彼らが竹島自分支配下に入れて成功したという感じを与えますと、彼らの態度から考えまして、そのうちに対馬もよこせというようなことを言い出すのじやないか。

大橋忠一

1953-07-18 第16回国会 衆議院 外務委員会 第16号

岡崎国務大臣 お話の点は、実はごもつともな点が多分にあるのでありまして、われわれもじれつたいような気がいたしておるのでありますが、しかし国際紛争解決の具としては武力は使わないという憲法の大方針もありますし、また今度の問題は、とにかく明々白々なる根拠のあるものでありますから、今までの大邦丸などと違いまして、これは私は解決できる問題であると信じております。

岡崎勝男

1953-07-15 第16回国会 参議院 本会議 第22号

若し又これが巡視船ではなくて、日本漁船が、どの国からも咎められることのない公海で操業中に、本年二月の大邦丸のときのように外国漁船から射撃をされるのを、我がほうの巡視船が目撃をした場合、どのような処置をとるよう現地に対して指示をしてあるのかを併せてお伺いをいたしたいのであります。  第二に、竹島が我が国の領土であるという実証につきまして外務大臣にお伺いをいたしたいと存じます。

松浦清一

1953-07-15 第16回国会 参議院 本会議 第22号

大邦丸事件についてのお話がありましたが、大邦丸事件もまだ解決しておりませんときに、更にこの竹島発砲事件等が起りましたことは、誠に残念な次第でありまするけれども、こういう問題につきましては、我が方としては主張すべきものは飽くまでも強く主張する次第でありまして、この大邦丸とか竹島の問題は、韓国側の史実に対する誤解、国際法的な見解に対する誤解から出たものでありまして、別に、政府外交が軟弱であつたからとか

岡崎勝男